I am Kintarou

上田 金太郎
上田金太郎
WECCI代表取締役
ファッションテロリスト
桃太郎の国、岡山は瀬戸町に生まれる。
両親の愛情をいっぱいに受け、ヌクヌクと育つが、中学の頃HOT DOG PRESSを読み始めた頃から、雲行きが怪しくなる
高校では髪を染めて、しこたま先生に怒られる。(髪を染めたのがバレないように、顔を包帯でぐるぐる巻きにした為)
中略。展開は下文に詳しい。
映画『アメリ』に感化され、クレームブリュレを割って食べるようになり現在に至る。
漫☆画太郎とロッポンポン(六本木)をこよなく愛する

 だって『スーツ』ってみんな同じで、仕事するために着るもんでしょ。『あ〜今日も一日始まるのか…』って、みんな眠たい目をこすりながら嫌そうに袖を通すじゃないですか。

 高校生の頃の僕はそのイメージがすごく嫌で、大学推薦を蹴って就職後も服装が自由なアパレル業界に進むべく、大きな希望を抱いて大阪モード学園に進学しました。

仕事がない

上田 金太郎 けど甘かった。大甘ちゃんでしたよ。
ラッキーな事に、コンテストで優秀賞等を頂きはしましたが、いざ卒業の時には働き口がないんです(-公-)いや、実際はあるんですよ、沢山。けど働きたいと思うところがない。

 ファッションが好きだから、アパレル業界に骨を埋める覚悟をしました。だからこそ、『お洒落する事で、ご飯が3杯は食える人』に「良いもん作ってんなあ」って言ってもらえるような誇れる仕事をしたいじゃないですか。ただ僕は、そう思える求人を見つける事ができなかったんです。(何社か落ちましたが…トホホ)

パチプロに内定

上田 金太郎 そんな思いからか結局、1年ほど定職につかず、パチンコだけで生活費を稼いでいた時期もありました。パチンコの釘とか、如何に銀玉のロスを減らすか等、めちゃくちゃ勉強しましたもん。 ほんとセミプロでしたよ。パチンコの(-ε-)

 そのパチンコで稼いだお金で、急にふらっとインドに一人旅に出ます。

インドに逃避行

上田 金太郎 少し話が反れますが、インドっていいですよ、ホント。行った方がいい。ミネラルウォーターでお腹壊せるし、男はみんな人を殺した事があるような顔だし、みんなジャイアンみたいな考え方だし(俺の物は俺の物、テメーの物も俺の物)
 何より、時間の流れがすごいゆっくりなのが、いいんですよ。夜明け前に起きて、朝日を見ながら、ゆっくりとチャイを飲む。煙草を吸いながらガンガー(ガンジス川)をボ〜っと見てるだけなのに、もう夕方になっている。
 不思議な事に、ゆっくりとした時間があっという間に過ぎるんです。人が込み合う路地を抜けて、行きつけのカフェで緑の液体を飲んでから、色々な国の旅行者と一緒に酒を飲みに出かける。安宿に帰ったら宿の主人と家族の話や、仕事の話をしたり…。とにかく人と人との繋がりを深く感じることができる懐の深い国です。

どうしてインドの話をしたかと言うと、
インドで見つけちゃったんです。

自分の歩むべき道

上田 金太郎 そう、あれは忘れもしません。 インドでの最終日の昼下がり。たまたま通ったデリーの路地にテーラー(オーダースーツ屋)があったんです。名前はキングテーラーだっけかな(忘れてんじゃねぇか)

 そこで、アレですよ、アレ。モンモンとしてた僕は、テーラーを見つけた瞬間に手塚治虫先生の電球ピッコーン!ですよ。手塚治虫先生の電球ピッコーン!『テーラーだったら、使い捨ての服は作らなくていいじゃん!プライド持って仕事ができるじゃん!』ってもう、気づいたらウッハウハになってました。
 居ても立っても居られなくて、カタコトの英語で、わけもわからず有り金はたいて注文しましたもん、その場で。当日の深夜の飛行機だったので、完成品は日本に送ってもらうように手配しました。

帰国

上田 金太郎 帰国後、運よく最高のテーラーで修行させて頂き、最高のお客さんに育てて頂きました。そして、クレームブリュレを割って食べるようになり、現在に至ります。

追伸:
インドで作ったスーツは、
タイタニック号と同じ海の底か、未だに生地のまま残っているかのどちらかのようです。


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